ヒーリングっどプリキュア Blu-ray vol.1
フォーマット | 色, ワイドスクリーン |
コントリビュータ | 白石晴香, 河野ひより, 加隈亜衣, 武田華, 依田菜津, 悠木碧, 金田アキ |
言語 | 日本語 |
稼働時間 | 4 時間 48 分 |
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商品の説明
地球を癒やし“お手当て"してきた秘密の世界【ヒーリングガーデン】が、地球をむしばみ 病気に
しようとする【ビョーゲンズ】の襲撃にあって 危機に陥ったため、地球が大ピンチに!
このピンチを救うため、逃げのびた3人の“地球のお医者さん見習い"であるヒーリングアニマルた
ちが、“ヒーリングガーデンの王女"で【特別なちから】を持ったラテとともに、パートナーを探し
にやって来た!
3人の普通の女の子が彼らと出会うことで プリキュアに変身し、ビョーゲンズに立ち向かう!
ビョーゲンズの攻撃を察知して元気をなくしてしまうラテや、大切な地球、そしてここに生きる全て
の生命を守りたい気持ちを胸に プリキュアたちは今、地球のお手当てのために力を合わせる!
さあ、スタート! プリキュアオペレーション!
[特殊内容/特典]
【初回限定特典】
・山岡直子 描き下ろし三方背スリーブケース&デジパック仕様
・メインキャスト出演生配信番組(予定)視聴券
・山岡直子 描き下ろしイラスト色紙応募券 封入(全巻購入特典/応募者全員サービス)
【特典映像】
・「ヒーリングっどプリキュア」大大大紹介!!
・「ヒーリングっどプリキュア」EDダンスレッスンムービー
・キュアグレースのEDダンスレッスン
・ノンテロップオープニング ・ノンテロップエンディング
・資料ギャラリー ・CM集
[スタッフキャスト]
原作:東堂いづみ
連載:講談社「なかよし」(漫画:上北ふたご)「たのしい幼稚園」「おともだち」ほか
シリーズディレクター:池田洋子
シリーズ構成:香村純子
キャラクターデザイン:山岡直子
音楽:寺田志保
美術デザイン:西田 渚
色彩設計:坂入希代美
キャスト:キュアグレース/花寺のどか:悠木 碧
キュアフォンテーヌ/沢泉ちゆ:依田菜津
キュアスパークル/平光ひなた:河野ひより
ラビリン:加隈亜衣
ペギタン:武田 華
ニャトラン:金田アキ
ラテ:白石晴香
ほか
[発売元]
マーベラス
[クレジット表記]
(C)ABC-A・東映アニメーション
登録情報
- アスペクト比 : 1.78:1
- 言語 : 日本語
- 製品サイズ : 30 x 10 x 20 cm; 160 g
- EAN : 4535506402233
- メディア形式 : 色, ワイドスクリーン
- 時間 : 4 時間 48 分
- 発売日 : 2020/9/16
- 出演 : 悠木碧, 依田菜津, 河野ひより, 加隈亜衣, 武田華
- 販売元 : ポニーキャニオン
- ASIN : B088V6JXK1
- ディスク枚数 : 2
- Amazon 売れ筋ランキング: - 70,526位DVD (DVDの売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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儘管今年光美的作畫絕非頂尖,但是劇情、設定及鋪陳都看得出用心。
從最基本的主要角色關係,到整個大主題的架構,一層一層細膩堆疊。
在今年的光美裡,
妖精不再單方面把光美們尊為救世主,而是共同分擔責任與快樂。
光美們的誕生,不再只是突如其來的天擇,是多次確認的堅定覺悟。
牽起主角群的也不再只是「光美」兩個字,而是奠基於對彼此的關懷。
跨越戰鬥與苦痛流瀉而出的是溫暖的情感,以及對「活著」的讚歌。
這樣的光之美少女十分推薦給所有大人、小孩觀賞。
予想通り、劇中の変身シーン等を焼いた物でしたが、9話ラストで3人で撮った記念写真が含まれているとは粋な計らいで、嬉しい誤算でした。
作品は、コロナ渦の影響で本商品に収録された大半は、おさらいセレクションとして再放送されましたが、近年稀に見る名作なので何度観ても飽きません。
プリキュアは小さい女の子向けに制作されている作品ではありますが、だからこそ、しっかりとした作品にしようという制作側の熱意も伝わってくる作品です。
大人が視聴しても、ハッとさせられる時があります。
特に本作品は、全エピソードはずれ無し。
オススメです!
ストーリー、キャラクター、作画、演出、小ネタ、声優、作品テーマに至るまで、すべて申し分ない。
こんなに面白いと思えるプリキュアは今までにない。
今のところ18話まで放送されているが、ハズレ回は一度もない。底抜けの笑いと感動が頼もしい。
毎週、楽しませてもらっている。
私がこの作品から得たテーマは、『再生』だ。
毎週話の開始時点、またはその途中においては、何かが壊れたり、台無しになったり、あるべき正しい姿を保てなくなってしまう。
それは自分の肉体だったり、将来の夢だったり、人間関係だったり、自然の一部だったり、遠い日の誓いだったりする。
しかし、物語が終わる頃にはそういった問題に決着がつけている。彼ら彼女らが真摯に問題に取り組んだ結果だ。
その過程に暗さはない。シリアスな場面はあるものの、のどか、ちゆ、ひなたの3人が力を合わせて物事を前へと進めていく。
こうして紡がれるストーリーに、笑いと感動と知的な興奮が湧きおこる。
ヒリプリを万人にお勧めしたい理由は、主に3つある。
1. プリキュアと政治思想
漫画やアニメを作る際にやってはいけないことのひとつに、「キャラクターに政治的意見を述べさせる」というのがある。
プリキュアというのは、初期から『女の子でも暴れたい!』というリベラル路線を貫いてきたわけだが、直接的にそういった主張がなされているわけではなく、脚本や演出、キャラの行動によって、そうした思想やテーマを間接的に表現している。
だが、近年のプリキュア(HUGっと!プリキュアに顕著)は政治的な主張が露骨すぎる。例えば、ハグプリでは、男子が女物の服を着ることを全肯定したり、他人の好きなことを否定する者が糾弾されたり、民衆を率いる自由の女神の絵が登場したりする。
政治的表現の何が悪いのか? それは、政治というものが敵と味方を二分する性質をもっているからだ。Aという主張を正しいものとして扱うと、相反するBという主張の人を作品から引き離してしまう。
だからこそ、露骨な政治的表現はやめるべきだ。アニメは視聴者を楽しませるためにあるのだから。
……前作のスタプリを観ている時は、こういうことを考えながらアニメを見ていた。でも、ヒリプリになってからは、そういう表現は少なくなった。代わりに、キャラクターの行動や掛け合いによって、「多様性」という、すべてのプリキュアに共通する遺伝子を表すようになった。
視聴者に伝えたいことを直接言葉にするのではなく、別の何かに仮託しているのだ。
2. プリキュアと社会教育
朝の時間にやっているアニメ作品は、昭和の時代から社会教育としての機能をもっている。
社会教育というのは、定義的には、「学校教育と家庭教育を除いたすべての教育活動」をいう。公民館や生涯学習センターでやっている講座が脳裏に浮かんだ人もいるだろうが、公共機関が行うものでなくとも、教育的な意義があれば社会教育に該当する。
プリキュアシリーズにも、この社会教育としての機能がある。もはや、文部科学省推薦レベルである(実際に、政策的な意味でコラボしたこともある)。
プリキュア作品を見た児童は、正しい人格の在り方や、仲間のために何をしてあげればよいか、敵に対してはどのような態度で接すべきかなど、社会生活を営むうえで大事なことを学ぶことができる。
最近では15話だ。いわゆるケンカ回で、のどかとラビリンがふとしたことで冷戦状態になってしまう。なんというか、リアルなのだ。ラビリンが問題行動を起こすきっかけも、のどかが怒った理由も。ケンカ中の態度も。
ネタバレを避ける形で説明すると、イザという時になってケンカが裏目に出てしまう――ここで、児童は学ぶ。ケンカをすると、結局はよくないことが起こるのだと。
ラテの仲介によって二人は仲直りするのだが、これもまたリアルだ。現実でも、こんなやり取りを見たことのある人がいるのではないか。
創作の世界に生きている人間を、現実に生きているように描く。これができるのは一流の作品だ。当たり回はいくらでもある。騙されたと思って是非視聴してほしい。
3. 大人にとってのプリキュア
プリキュアは児童向けのアニメだ。
しかし、大人でも見ている者はけっこういる。私もその口だ。
ドキドキ!プリキュアから見始めた。日曜日の朝に嫁と子どもが朝ごはんを食べながら視聴していた。
「行儀が悪いよ」と言いかけたところで、生身のマナが東京スカイツリー風の建物の屋上で、敵に吹っ飛ばされて地面を跳ねた。そのままゴロゴロと転がって鉄柵に激突したように記憶している。
「死なんのか~い!」と陣内智則風に心の中でツッコミを入れた。マナが100階建てのビルの非常階段をノンストップで登り切ったシーンを見ていれば、さほどの違和感は湧かなかっただろう。
結局、何が言いたいのか?
面白いのだ。プリキュアは。自分に合った作品であれば、どのシーンを、どのように切り取っても面白い。鬼滅の刃を覚えているだろうか。まさしくあの感覚だ。すべての場面が面白い。退屈さを感じさせない。
長々と失礼した。
一体、どうしてこんなに面白いのか? なぜ、自分はおっさんと呼ばれる年になって女児向けのアニメを観ているのか? 答えは出せないままだ。
でも、あなたには、このヒーリングっど♥プリキュアをお勧めしたい。忘れられない一作になるかもしれないから。
新規回の放送が休止になってしまった中で大変嬉しいニュースです。
主役ののどかですが1話を見て、すぐに今年は違う方向性の作品が来たのだなと思いました。 通常、プリキュアというと1話のみゆきに見られるようにいつもフルスロットルの全速力です。
一方、こちらののどかですが、ちゆと出会って一緒にジョギングをするシーンがあるのですが、病気から治ったばかりで体力がないため息切れしてしまいます。そこでのどかが言ったセリフが「休んだら大丈夫だから」でした。確かにその通りなのですが、どちらかというプリキュアという作品では今まで絶対諦めない、負けないという面が強調されて来た中ににあって最初からこういうシーンを入れてきたところを見ると驚きましたし、随分、シリーズ自体に余裕が出て来たんだなと思い期待感も高まりました。「落ちてないし」なんて言わなくてもよくなったんですね。(魔法つかいさんごめんなさい。)はなやひかる先輩のおかげもあるかなと思いますが何年も何回もチャレンジできるからこそ、いろいろな制約からも逃れることができるんですね。ありがたいです。3人の名前からして比較による優劣にまつわるものではなく自分のありようを表す名前になってますね。
また、2話ののどかがプリキュアになる話もよかったですね、自分が今までみんなに助けて貰ったので、みんなの役に立ちたいという思いがとても強く出ていました。(今のところ重要回でもあり、この回が一番好きです。) 病弱だったのもあり、ずっと大切に育てられて来たのでしょうね、とても優しい子なのですが、特に他人のことを大切に思ったり信じる気持ちの強さを感じました。
それは2話のラビリンとのやり取りにも表れてます。視聴者の方では、これはラビリンはのどかがプリキュアが無理だって言いたいのだなと態度で気付いているのですが、のどかはラビリンが直接それと口にするまで気付きませんでした。悪意の人がいない前提だとそうなりますよね。あと、ママが復職したとを喜んでる場面があるのですが、のどかが病弱な中でも自分のことにばかり目線がいくのではなく周囲の人を気遣える子なのだということをよく表しています。今年も細部まで丁寧に演出されてますね。
あと、のどかのデザインも凄いですよね変身前が一番好きな子になりました。プリキュアといったらデザイン面ではアイドルのイメージ、言動面ではカリスマ性やリーダシップを感じさせるものですがのどかはそんなことを感じさせません。どこにでもいそうな友達みたいですよね。
ハグっとプリキュアではみんながプリキュアと言われたり、スター☆トゥインクルプリキュアでも多様性が大切とか言われたりしましたが、何かプリキュアというとやっぱり特別というか他者に長じていないといけないようなイメージが残ってましたが、このヒーリングっどプリキュアは違うんですよ。プリキュアと対等で身近なんです。「お友達みたいな『遠くの』」ではなくて、お友達になれるプリキュアなんですね、今までみたいにのどかに励まされたり勇気付けられることもあるでしょうが、のどかが困っている時はみんなが手伝ったり助けたりしないといけないんです。まさに一緒ならプリキュア、ファンが待ち望んでいたものがやっと来たという感じですね。のどか達を見てると自分に引き寄せて見ることができてとても勇気づけられますよね、多様性が大事なのではなくて、一人一人を当たり前に大切に描いていくことで多様性が実現するのだと思います。プリキュアって昔からそうでしたね。特に、今年はプリキュアになる場面での一人一人の思いがしっかり表現されており大変感動いたしました。また、友達の呼び方がちゃんづけで大人しいけど礼儀正しく思いやりのある子が物語の中心にいるというのもメッセージでしょう。のどかのような子もいれば、ちゆのような子、ひなたのような子、ペギタンのような子もいるかもしれません。そういう子を勇気づけたり、逆に自分が出会った時にどんな風に声を掛け合うか想像して見るのがよいのでしょう。今年は妖精とペアになっていることからもそういう点が強調されていてとてもよいです。
プリキュアになる資格というのが最近やっと分かって来ましたが、奇跡の扉が開いたり特別の物を持っていることではなく、友達のことを大切にする優しい心を持っていることなのだと思います。(毎年そうですが、1話ではなく2話でのどかが承認されたのはそういう意味なんですよ。1話だけでプリキュアになれたら運が大事な鍵であることになってしまいます。そうではなくて誰もが持っている、あるいは、できるかもしれないことにより変身するんです。)
また、最近、難しいテーマのプリキュアが続いていたと思いますが、今年はメイン視聴者のお子さんに寄せて描かれててよいと思います。のどかがちゆとひなたと仲良くなっていく過程や、様々な初めての体験にわくわくするところは、これからお子さんが経験していくことそのものを表現しているのではないでしょうか。また、のどかは自己肯定感が高く文武両道のような物理的な強さは持っていないかもしれませんが、心がしなやかで強く健やかなんですね。そのため、自分探しのようなことは始めませんし、未来に対しても肯定的なイメージだけを持っています。初代の、ちょっとお姉さんでリアルな中学生で思春期の女の子のお話しから続いているプリキュアから考えると、今回は、随分、子供の気持ちに寄せてるなという印象です。憧れのちょっと上のお姉さんではなくて見ている子供の分身になっていると思います。
しかし、毎年よく新しいものを作り続けられるものです。最近まで変身してもあまり見た目が変わらない変身後も面影を残しているプリキュアが続いておりましたが、今年は一転して変身する前がすごく「普通」の子と変えて来ました。1年間の放送に耐えられる企画を考えられることは大変な産みの苦しみがあると思いますが頭が下がります。それでも本シリーズを貫くテーマがしっかりしているのがよく機能しているのだと思います。医療や看護は誰にでも分け隔てなく届けられるものの象徴として、共生社会のテーマにふさわしいものとして出されてるのだと想像しておりますが、魔法少女ものとしてのお医者さんごっこの視点にとどまっていないところに今後のお話しの広がりが期待されますし時代も先取りしてますね。(ごっこでないのは見習いと言ってるところから分かります。初期の状態では達成できてない1人前の存在が前提になってます。ハグの時もそうでしたが、こういうところは丁寧にに描かれてますね。)
それと、変身が素晴らしいんです。笑顔が出てますね。決め顔やドヤ顔、すまし顔もバランスよく入ってます。意外に思われるかもしれませんが、過去作を見ていただくと分かりますが笑顔で変身してるものは少ないんですよ。真剣な表情で変身してます。「正義」の味方イメージを引きずってたのでしょうか、スタプリが例外ですね、しかも目立つのはララくらい?やっぱり魔法少女物ですから変身するのが楽しいといった感じが欲しいですよね。のどかを始め3人は終始笑顔でかわいいです。
あと、のどかには声優界のプリンセス悠木碧さんが就任されました。素晴らしい演技で毎週見るのがとても楽しみです。
類は友を呼ぶのでしょうけど、出て来る子がのどかのようにみんないい子達ばかりでこれからどのように地球をお手当していくのか期待しております。スタプリにみられたお前達も侵略者だろみたいな自分起点ではない逆転の視点、お手当をしていることで共に生かされてる、あるいは癒されてるこんな感じが出てくると素敵ですね。エレメントさんから力を貰う描写はそのことを示唆しているのかもしれません。また、ずっと、ある意味自分中心主義でご近所の平和を守り続けて来たプリキュアが、すこやか市という片隅にありながら地球という視座をもったことについて大変な冒険だと思います。すこやか市だからこそバーチャルではないリアルな世界との繋がりが感じられるのかもしれませんしグローバル社会の波打ち際だからこそ届いて来るものがあるのでしょう、最近、あの生き物見なくなったね等のメッセージは都会では感じることができないでしょう、そのようなことに耳を澄ませるためにも、きっとのどかが示してるような他者への思いやりや共感する心が大切になるのだと思います。最後まで応援してます。
(ネタバレ)
1話ののどかを見ると最終回ののどかと同じように見えません。こういうシリーズは珍しいと思います。1話に返ると一貫しているなと感じることが多いものです。それはのどかが1年で物凄く成長したことを表しているのかなと感じました。
現場に居合わせてではなくてみんなが避難してるのに現場に飛び込んで行くところは今までのプリキュアの文脈を無視していると思うんです。敵の姿が巨大で見えてはいますが現場にいるわけではないんですよね。
この行動でのどかの考え方がよく分かりますが、この1話で見せた行動は自分のために戦うということと合致しているのかあるいは無謀だったのか、踏み出す1歩としては大きすぎるような気もします。倒れたお爺ちゃんを助け起こす場面がありますがそこまでが一般の人が取る行動ではないでしょうか、そしてお爺ちゃんのことを見守りながら一緒に避難するように思いますがのどかは逆方向に走り出しました。この時点ではのどかとして守るものは再び走れるようになった自分しか見えてなかったのかなという気がします。
最後にのどかが決断する前の回で親を心配させて怒られる場面がありますが、そこでのどかの考え方が変化していることを示唆しているのではないかと思います。ここはのどかの決断が単に一人で考えるようなものではなく重みがあることを示しているとともに、のどか自身が大切だと考えてる自分自身の存在がどういったものであるかを示唆しているのではないでしょうか。そういえば1話では親の忠告をそこそこに飛び出して行きました。
1話の時点では病気で苦しんでいる時に支えて貰った相手には感謝はしていますが病気で苦しんでいるのは自分一人しかいないという思いが強かったのではないでしょうか。それはラテが病気になった回で表れているとともに、そこで変化があったのではないかということが推測されます。この回でのどかはラテの気持ちも分かるしラテを心配している側の気持ちも分かる。それだけではなくどうして相手のことをこれ程までに心配しているのかということ自体に気づいたのではないでしょうか。それはかわいそうだとか同情としてではなく大切な人だから困っていたら助けないといけないし必要とされている存在なのだということだと思います。のどかはそのことをずっと確信が持てるように確認したかったのかもしれません。ちゆやひなたと比較して明らかにのどかが自分事として実感として分かっているという形で描写されています。自身が相手と同じ視点となり経験をしていくことでお返ししたいと思った人と対等になり繋がりを取り戻していくヒープリはそういう話でははなかったでしょうか。それが1話と最後では異なる行動を取っており変化の部分ではないかと思います。
のどかは1話から中盤の話までで体は健康になりましたが外に出ることが大好きだった小さな子供がずっと病院で思うにまかせない状態にあったわけですから心はずっと傷ついていた筈です。その心が生きているって感じという経験を繰り返すことで癒されていくお話しをみなさんで責任を持って描きあげられたのかなと思います。
少しのどかのことが理解できたように思いましたのでまた見直してみようと思います。
やや普通の印象のプリキュアシリーズとなりました。
プリキュアとしての名前もややちぐはぐに感じましたが、
『Go!プリンセスプリキュア』のオマージュなのですね。
フローラ(桃,花)→グレース、
マーメイド(青,海)→フォンティーヌ、
トゥインクル(黄,星)→スパークル、
雰囲気もとてもよく似た三人になっています。
主人公をおとなしくした分、脇の二人もトーンダウンさせて、
”癒やし”を前面に出そうとしていることを感じます。
敵を倒した決め台詞も
『Go!プリンセスプリキュア』の「ごきげんよう」が
「お大事に」
になっていて、きれいに対比されています。
比較として、
『Go!プリンセスプリキュア』を見てみるのも
悪くないかと思います。
最近の女子に人気の獣医診療をモチーフにした作品と言えます。
自然環境を大事にしないと
敵として襲いかかってきてしまいます。
身の回りの自然を省みる
きっかけとなる作品となってくれるといいですね。